PRO-KEDS BASKETBALL SHOES

1970年代
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1969年以降のPRO-KEDSの歴史を紹介します

1969年 PRO-KEDS ROYAL SUPER & ROYAL MASUTER

1969年PRO-KEDSでは2種類の有名なシューズが誕生します。
左がROYAL SUPERになります。近年では69erとして有名ですが、当時はロイヤル・スーパー、日本ではニューヨーカーという名前で販売されていました。ロイヤルベースに3本のラインが特徴です。
なお当時のモデルにはサイドに青と赤の2本線マークが入るのが特徴で、ラインが入らないモデルを見つける方が難しく、結構探さないと見つけるのは困難なモデルです。

そして右が有名なROYAL MASTERになります。
1969年に3本ラインのモデルとして、このロイヤル・マスターが誕生します。
色はナチュラルと写真のゴールド、そして黒の3タイプがありました。もちろん全てUSAのみです。

1971年 PRO-KEDS ROYAL MASTER (ROYAL PLUS)

1971年、厳密には1970年後半に3本ラインは廃止され、良く見る2本ラインに変更されます。
アディダスの3本ラインに間違われやすいからと言われますが、真意のほどは不明です。
ちなみにコンバースのコーチが3本ラインを廃止したりジャックスターのラインが廃止されたのは1972年にアディダスが3本ラインの商標を取得したためと言われています。ですからその1年前にPRO-KEDSは3本ラインを廃止したことになります。
ちなみにこのロイヤル・マスターは全8色の展開でした。日本ではロイヤル・プラスでしたが…

1971 PRO-KEDS ROYAL MASTER USA製

さらに当時コロンビア製が主流でしたが、一部USAも存在していました。ワイズは狭くコロンビア製の方が日本人には合うのですが、当時必死に探しました。
上記写真がUSA製のPRO-KEDS ROYAL MASTER です。ラインは布製ではありません。こちらはボストン・セルティックスのSMUですが、ラインがアディダスのようにギザギザになっているのが特徴です。
ここまではUSA製があったので探すならUSA製の方が非常に珍しく、なかなか見つけることはできません。コロンビア製は70年代、80年代と長く生産されていますので良く見つけられます。
本当にプロケッズが好きならUSA製を探して履きましょう。ただし11インチ以上の大きなシューズはレアではないので、くれぐれもデカ履きはやめましょうね。みっともないです。つま先は擦れるし、しわが寄ってデカ履きは靴をダメにし易く目立ちます。ピッタリサイズを履くのがビンテージ好きには絶対の条件です。
しかし当時8インチ以下しか見つけることができず、私も未だに探し続けています。たぶん初期モデル3色しかないと思いますが…
USA製はギザギザのラインだったので、遠目で見ても簡単に見分けが付きます。見つけたら即買いほどの希少価値です。

ROYAL MASTER HI CUT

もちろん各色ハイカットも存在します。
70年代中ごろはスエードといったらこのシューズ(ローカット)が一番人気でした。コンバースのワンスタースエードなんて履いている人は皆無で、渋谷を歩く人でスエードといえばプロケッズでした。やはりデザインがワンスターより遥かに良いという印象であることと、当時メンズクラブが宣伝していた影響だと思います。

1974年 PRO-KEDS 宣伝 (USA)

あからさまにコンバースのオールスターを出し、プロケッズのロイヤルの方が軽い!とアピールしている記事です。
先にも紹介しましたが、1950年代以降バスケットではプロケッズとコンバースが2大メーカーとして使用されていました。このため良く対比されるのがこの2つで、東海岸とくにニューヨークで一番履かれていたのがケッズ。西海岸でバスケットシューズとして人気のコンバース。この2社を日本に紹介する際、ファッション誌で使用されたのがきっかけで登場したのが「西のコンバース、東のケッズ」です。
実際学生がスポーツで履くのはコンバース、社会人が普通に履くのはケッズといった感じでした。しかし圧倒的にコンバースの方が人気でした。
ちなみにアディダスのスーパースターを街中で履いている人は皆無でした。というか70年代で履いている人を見たことがありません。スーパースターがシューズショップで売られるようになった1980年以降でやっと履くようになったという感じです。

1976年 PRO-KEDS 広告(USA)

1976年の広告です。この年よりスペイン製のシューズが登場します。
上記モデルは左からTIGER・ROYAL HI・RYOYAL MASTERになります。

1977年 PRO-KEDS 広告(USA)

1977年の広告です。この年から韓国製も登場します。
左からROYAL PLUS/ROYAL EDGE KEATHER/ROYAL EDGE NUBUKになります。
ちなみに一番左のメッシュタイプがロイヤルプラスです。当時はメッシュがプラスでスエードがマスターでした。

1977年 PRO-KEDS NEW MODEL

1977年には前の広告にもありましたが、スペイン製・韓国製が登場しご覧のようなモデルも販売されていました。ただし当時の日本には未輸入で、アメリカのみでの販売になります。

1977年 PRO-KEDS made in SPAIN スペイン製のプロケッズ

1977年のバスケットボールシューズです。
右側がスペイン製のレザー版とスエード版です。こちらは日本でも販売され、司葉貿易さんが輸入・販売していました。

ソールはコンバースのプロレザーのような固いソールでしたが、非常に安い商品でした。レザー製のモデルでプロレザー2足買えるほどの値段で、当時4千円で購入した記憶があります。
なんでスペイン製は安いんでしょうね。1980年頃のアディダスのスタンスミスなどはスペイン製が一番安く、新品でも3千8百円で買えましたから、物価が安かったんでしょうか?

1978年 PRO-KEDS MODEL CHANGE

1978年の広告です。この年、2本ラインのデザインが変更になり同じ太さだったものが、太さの違う2本ラインに変更になりました。このモデルがロイヤルマスターと呼ばれるようになり、スエードのローカットがロイヤルプラスへと名称が変わった訳です。

1981年 PRO-KEDS MODEL CHANGE 再びモデルチェンジ

広告は1983年のものですが、1981年に上記モデルへ変更されます。

1982年 PRO-KEDS JAPAN誕生 前代未聞のキャンペーン

1982年日本にプロケッズジャパンが誕生します。
その誕生記念に行われたキャンペーン、それが「古いロイヤルプラス(2本ラインのスエード)を新品に無料交換します」というものでした。
驚きましたね、使い古したロイヤルプラスを新品と交換してくれるなんて・・・
あっという間に古いロイヤルプラスが街中から消えました。コロンビア製のモデルが消えてしまいました。交換されたのはインドネシア製ですけど、靴の中のデザインも違うもので感じは別物でした。
持っていたコロンビア製の水色は新品に交換してもらいました。ちなみに皆さんラストコロンビア製と言っていますが、正確には初期・中期・後期と1980年代にかけて変化します。ソール内部でPRO-とKEDSが2段で表記され、右側にメイドインコロンビアと表記されるのが1970年代のコロンビア製です。お間違いの無きよう…

さらに1982年の夏、青山のベルコモンズで日本初のスニーカーパーティーが主催されました。
たった1日だけでしたがスリースロー大会などあり、記念品も配られて盛大に行われました。
ちなみにその会場でスニーカーを依頼されて、30足ほど展示した経験があります。KEDSの会場なのにNIKEやCONVERSEなどビンテージスニーカーばかり展示させて頂きました。

さて話をもとに戻しますが、1984年にPRO-KEDSは表舞台から消滅します。
再登場するのは1988年になってからです。しかも女性靴として復活して、その後ロイヤルプラスで息を吹き返します。このためKEDSやPRO-KEDSのビンテージというと1984年モデルまでと考えた方が良いでしょう。

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コメント

vintage_sneaker

1970年代からスニーカーに目覚め、ビンテージスニーカーを中心に集めています。ポパイやBoonなどにも登場した経験があります。
基本的にadidas/converse/nikeなど70年代を中心に収集していますが、当時のcatalogや専門書も収集しています。また暇な日には情報収集のため靴屋・古着屋巡りもしています。
古いスニーカーに関しての情報を発信しながら、普通のスニーカー情報もお伝えします。もと靴屋の販売員の経験も活かし、履きやすい靴の選び方も紹介しますね。質問などありましたらお気軽にどうぞ。

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