1977~1981 日本企画のNIKEと台湾製FAKE

1970年代

1977年、日本ゴム(現アサヒシューズ)のナイキジャパンが設立され、日本ゴムが製作したNIKEのシューズを国内販売できるようになります。しかしUSA製作の正式なNIKEシューズは輸入販売することができず、並行輸入店が取り扱うのみの時代となります。

このため並行輸入を多く取り扱う店があるアメ横では、色々な海外製スニーカーが販売されていました。もちろん当時は商標なんてありませんから、偽物・FAKEなんて当たり前の時代です。
1976年にスニーカーの大ヒットをさせたリーガルでさえ、偽物・パチものが1977年に横行していた時代です。

そうした時代に出来たナイキジャパンの商品と台湾から持ち込まれた偽物?・FAKEを当時の経緯を含め紹介していきます。

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1977年 NIKE JAPAN DAKOTA 発売!日本企画のFAKE

1977年に新発売された日本ゴム製作のダコタです。色は3色、ブラウン/ワイン/ネイビーのスエード製です。当時はスニーカーというより日本ゴムの販売ルートで靴を卸していましたので、一般の靴屋で販売されていました。当然リーガルの人気が真っ只中の時代ですので、扱う店も少なくアメ横でさえ数軒しか販売していませんでした。

ビンスニ男
ビンスニ男

当時のスニーカーでスエードは本当に不人気でした。
あのワンスタースエードでさえ買う人はほとんど居なかった時代です。ましてや1977年はリーガルの独占でしたから日本製のNIKEを買う人はほとんど居ませんでした。

1979年の夏に台湾から持ち込まれたNIKEのFAKE

1979年は毎週アメ横に足を運んで、毎回靴と服のチェックをしていました。
もちろんリーバイスのジーパンを買うのもアメ横で、特に好きだったリーバイスの502-0117を購入するため、守屋商会や並行輸入店の入荷に合わせて訪れていました。

そんな時にアメ横の店に持ち込まれたのが上記スエードのシューズです。
東洋人が持ち込み1足500円で売りに来たとのこと、丁度売りに来たばかりだから探せば見つかるとのことで、大きな荷物を持った東洋人を探しましたが残念ながら見つけることができませんでした。
1足500円なら合うサイズ全て購入しようと思ったのですが・・・

そして同時に持ち込まれたのが、御覧のクラリーノ製のテニスシューズ。
青が男性用、ピンクが女性用となっており、こちらも500円で売られ、店頭価格は1,500円から2,500円と店によってまちまちでしたがあっという間に売れました。

このシューズのどちらもベロが筆記体のnikeのみでスウッシュが付かないもので、その割にはソールはNIKEとゴシックで入りスウッシュ付きというアンバランス。しかも内部にはmade in taiwanの刻印とIML1971の刻印が入っているものでした。1971年製?と思いながらじっくり見ましたが、1971年製でクラリーノでポリウレタンのソールをNIKEが作る訳ないよな・・・

そう思いながら店の人に確認したら「NIKEって書いてあるけどあのNIKEじゃないよ。パチモン!」
ときっぱり言われました。「NIKEならこんな金額で売れないでしょ?」そう言われて「ごもっとも!」と思う私でした。そんな状況を味わった以上、このシューズはNIKEとは認めていません。

さらに当時アメ横で売られたシューズがこちらのベルクロのシューズ。こちらはnikeにスウッシュが入るのですが・・・

スウッシュが左右で逆転している?このマークはアリ?
こちらも店の人に確認しました。店の人曰く「台湾で作られたけど、マークがダメで納品できないから処分に来た」と教えられました。

その後左右のスウッシュが正しいNIKEとゴシックで入るモデルは正式に販売されます。名前はレフリーというコーチ用シューズです。

1980 日本ゴム製 NIKE タウンシューズ 日本企画 FAKE

左が1977年に登場したダコタ、右が1981年登場のデリンジャーとレフリーⅡ。
1981年にダコタがデリンジャーに改名します。先ほどの台湾製がこの白のレフリーになりますが、先行して黒のモデルも発売されていました。

なお1980年には別のモデルも登場します。

1980 NIKE JAPAN CATALOG

きれいな写真が無いので申し訳ないのですが、カタログ右上に掲載されたモデルが新しいシューズです。

別のパンフに掲載されたものですが、オセアニアレザーとしてワイン・ブラック・グレーの3色が販売されています。こちらも茶色のガムソールを採用しているのですが、あまりビンテージスニーカーとして紹介されないので、写真や現物も入手できなくなっています。オセアニアスエードと一緒に写っているのですが、巻き上げソールではないんですよね・・・

ビンスニ男
ビンスニ男

いずれにせよ日本で正式に発売されたガムソールのシューズは以上になります。
台湾製に関してはUSAのNIKEのカタログには登場しませんし、レフリー以外は販売されていないようです。
当時の経緯や状況を考えると、NIKEの契約工場が作ったNIKEと入ったシューズだけどNIKEに納品できなかったドロップ品というのが一番考えられるものだと思います。
最悪、NIKEとの契約廃棄による工場の完全なフェイク品という事も考えられますが・・・
1970年代は台湾の契約会社は3社以上あり、1977年・1978年と増えてきています。契約解除され韓国の会社へ移動というのも考えられますが・・・、正確な状況は不明です。

・・・ただし500円の仕入れ値の靴を本物とは私には思えませんが・・・

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コメント

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1970年代からスニーカーに目覚め、ビンテージスニーカーを中心に集めています。ポパイやBoonなどにも登場した経験があります。
基本的にadidas/converse/nikeなど70年代を中心に収集していますが、当時のcatalogや専門書も収集しています。また暇な日には情報収集のため靴屋・古着屋巡りもしています。
古いスニーカーに関しての情報を発信しながら、普通のスニーカー情報もお伝えします。もと靴屋の販売員の経験も活かし、履きやすい靴の選び方も紹介しますね。質問などありましたらお気軽にどうぞ。

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